うららの気儘なフォトアルバム

北フランス旅日記 ㊲ バリ市内 終章 チュイルリー公園他

2014年 9月 30日 (火) 晴れ 今朝の気温 19 度 最高気温 29 度


【 我が家の屋上から見える富士山と日の出 】 





AM 5:27 今朝は暗いよあけです お散歩に出る前の我が家の屋上からの東の空です、富士山は見えません

30日 5-27 東の空-2












~~~~~ 夏休み家族旅行 ~~~~~


≪ チュイルリー公園 ≫ 


チュイルリー公園-240-1


チュイルリー公園-244-1

チュイルリー公園 〓 彫刻や噴水で美しく飾られた野外美術館とも言われる公園です

散策道の先にオランジュリー美術館があります、モネの睡蓮の連作の部屋で有名な美術館です

ナポレオン3世の命で造られた柑橘類の温室を改造した、太陽の光がいっぱい入る明るい美術館です、別名モネ美術館

ルノアール、ピカソなど印象派の作品が見られますが全て撮影禁止です、雨が降って来てオランジュリー美術館の

建物の外観を撮るのも忘れました、チュイルリー公園は、芸術と自然が一体化した広々とした公園です




≪ ポンデザール ≫

ボン・デザール-212-2


ボン・デザール-4


ポンデザール 〓 ルーブル美術館に通じる橋で芸術橋とも言われている、

南京錠にカップルの名前を書き、この橋のフェンスに掛けて愛を誓うのが流行とか・・・ 鍵に数が凄いです

その重みでフェンスに穴が開いたり壊れたりするそうです、日本でも鍵の掛かった風景は見られますよね




≪ 地下鉄の駅 ≫

地下鉄の駅ホーム-824-3


地下鉄の駅 〓 パリの地下鉄の駅です、便利に何度も移動に使いました、切符は乗るときだけ

料金が何処まで乗っても同じですから降りるときはいらないので、ゴミ入れの中に捨てます、日本とは違いますね




これで夏休みの家族旅行、北フランスの旅はお終いです、沢山の写真を撮ってきました、まだまだご紹介したい写真が

いっぱいあるのですが、長い連載になり今日で9月も終わります、すっかり秋になりましたので、この辺で〆ることにします

下手な報告写真と拙い文章で綴ったブログを長いことご覧頂き、ありがとうございました

ホテルから 午後 6時にバスで空港へ、8月13日 午後10時半シャルルドゴール空港から 成田空港へ

8月14日 午後5時 日本へ帰国、楽しい旅も恙なく終わりました、来年の夏休みは何処への旅になるか・・・・・・

長いこと、お付き合い頂き、感謝申し上げます。







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  1. 2014/09/30(火) 17:00:00|
  2. 家族旅行 北フランス
  3. | コメント:8

北フランス旅日記 ㊱ パリ市内 コンシェルジュリー アントワネットの独房

2014年 9月 29日 (月) 晴れ 今朝の気温 18 度 最高気温 29 度


【 今朝の散歩道で出会った景色 富士山と日の出 】





AM 5:29 我が家の屋上から見える東の空はまだ薄暗い日の出前です ( canon 7D )

29日 5-29 東の空-1

AM 36 狩野川堤を歩いていると夜明けの烏の大群に出会いました ( canon Gx1 )

29日 5-36 烏の大群-5

AM 6:05 狩野川堤から見える今朝の富士山は霞が掛かっています  (canon Gx1 トリミング)

29日 6-05 今朝の富士山-2











~~~~~ 夏休み家族旅行 ~~~~~


≪ コンシェルジュリー ≫ 


コンシエルジュリ-188-3


≪ アントワネットの独房 ≫

マリー・アントワネット-194-2


コンシエルジュリ-190-1


コンシエルジュリ-1-191


マリー・アントワネットが処刑される前、2か月半過ごした独房です、捕らえられて一夜にして髪が真っ白になったと

言われ、その髪も見ることが出来ます



ルイ15世の時代には、気候もよく、農作物が豊富に獲れて、人々は豊かな生活を送っていました

ルイ16世の時代になると、天候は悪く、農作物も不作で、唯一豊作だったのはブドウでした、

そのためワインは値崩れを起こし暴落、人々の暮らしはとても苦しいものになっていました

1789年7月14日。王政に対する民衆の不満が爆発し、フランス革命が勃発します

革命の直接的な原因は財政破綻です、この破綻を民衆は、マリー・アントワネットの浪費であると

信じて疑いませんでした 実際はアントワネットが使った金額は国が引っくり返るほどのものでは

ありませんでしたが、民衆は王妃のせいで国が傾いたと信じていたのです

それほどマリー・アントワネットの評判は悪くなっていました、 

捕らえられバルコニーに立たされたアントワネットの王妃としての威厳を保った凛とした姿に人々は感動し、

政治的な王妃への怒りはおさまったのです

髪は乱れ蒼白な顔をして胸に手を当てゆっくり頭を下げたと言うことです  ( Wikipediaより抜粋)



宮殿に押しかけた婦人たちや民衆が 『 パンをくれ !! 』 と言ったのに対し、

ルイ16世は 『 パンがなければケーキを食べればいい 』 と言ったとか、これはガイドさんの説明ですが・・・・・・・・

革命が起きるほど財政が逼迫しているのをルイ16世は気づかなかったのでしょうか

王族、貴族と民衆の格差が想像を絶するものだったのでしょう  フランス革命は難しくてよく解りません、

独房で祈りを捧げている姿の等身大の人形の後ろには人形の兵士が立っています

捕らえられて2ヶ月後、コンコルド広場で処刑されました

処刑された人達の名盤の中にアントワネットの名前も書かれています。






  1. 2014/09/29(月) 17:00:00|
  2. 家族旅行 北フランス
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北フランス旅日記 ㉟ パリ市内 最高裁判所 ・ コンシェルジュリー

2014年 9月 28日 (日) 晴れ 今朝の気温 17 度 最高気温 29 度


【 今朝の富士山と日の出 】 
 




AM 6:19 今朝は雲が多く東の空は暗く富士山も屋上からはシルエットでしたが散歩の狩野川堤で綺麗に見えました

狩野川 28日 6-19 342-4
( canon GX1 )







~~~~~ 夏休み家族旅行 ~~~~~


≪ 最高裁判所 ≫ 


最高裁判所-2


≪ コンシェルジュリー ≫

コンシエルジュリ-721-3


コンシエルジュリ-192-2


フィリップ4世などカペー朝の王の宮殿(palais de la Cité、シテ宮)として建てられ、10世紀から14世紀にかけて

使用された、しかし、シャルル5世らが放棄し、ヴァンセンヌ城に居城が移した後の1370年に牢獄として使われ始める、

フランス革命の後恐怖政治の時代は国民公会により革命裁判所が隣設され、

1793年からフランス革命暦3年 (1795年5月31日) までの約2年間に、2780名に対して死刑判決が下されたという

多くの王族、貴族などの旧体制派が収容され、当時はその牢獄に入るとかならず死刑になるというので

「死の牢獄」「ギロチン控えの間」とよばれた。マリー・アントワネットが投獄されたのは1793年である

革命で捕らえられ投獄、処刑された大多数は一般市民・貴族・学者などだった   ( Wikipediaより抜粋 )



2枚目の写真は 『 五月の庭 』 と呼ばれ女囚が唯一散歩が許された場所です

暗い感じの庭で上を見ると鉄の槍のようなもので囲まれていることが解ります、怖い !! 善良なる婆も身震いをしました。






  1. 2014/09/28(日) 17:00:00|
  2. 家族旅行 北フランス
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北フランス旅日記 ㉞ パリ市内 サントチャペル 

2014年 9月 27日 (土) 晴れ 今朝の気温 18 度 最高気温 25 度


【 お散歩の途中で見える富士山と日の出 】




AM 5:50 我が家の屋上ではまだ薄暗くて富士山の山肌が見えなかったので散歩途中狩野川堤から撮った姿です

27日 5-50 今朝の富士山-1

AM 6:21 お散歩の狩野川堤、折り返し地点から半分来たところで香貫山の後ろから 陽が昇りました、

27日 6-21 日の出








~~~~~ 夏休み家族旅行 ~~~~~


≪ サントチャペル ≫ 


サント・チャペメの門-187-2


サント・チャペル-156


サント・チャペル-159-3


サント・チャペル-169


サント・チャペル-174


8月13日 北フランス旅行最終日です、22時20分発の成田行きの飛行機に乗ります、18時の集合時間までの

自由時間に見たいところが何ヶ所かあるので早朝出掛けました

朝食は ラジュレ でフレンチトースト、東京にもあるのですが、やはりパリの店は違う様な、お洒落~ ♪

シャンデリゼをパリジェンヌ の気分で散策 ハハハハハ 何を言い出すか、バカな婆ですね

サントチャペルへ   


サント・シャペルとは「聖なる礼拝堂」という意味で、フランスのパリ中心部、シテ島にあるゴシック建築の教会堂

ゴシック建築が最も輝かしかった時期の頂点ともいえる傑作である

フランス革命期、サント・シャペルは行政の事務所として使われ、窓は巨大な整理棚で隠されていた

その美しさはほとんど忘れ去られていたため、たまたま破壊から免れたが、クワイヤの聖歌隊席や内陣障壁は破壊され、

尖塔は引き下ろされ、遺物は散逸してしまった

19世紀になるとル・デュクがサント・シャペルを修復した。現在の繊細な尖塔は、ル・デュクの設計である

サント・シャペルは1862年に歴史的建造物に指定され、現在は国立モニュメントセンターが管理運営している

王様の教会とも呼ばれている  ( Wikipediaより抜粋 )



此処も並んでの見学ですが、朝早かったので、それほどの混雑ではありません、ラッキー ♪

帰る頃はいっぱいの人の列でした

王様の礼拝堂は素晴らしいステンドグラスです、バラの窓と言うのがあるのですが修復中でした

一般用の宮殿の人達の礼拝堂は王のチャペルの下にあり教区教会として使われたそうです

重厚な感じがします、この隣が最高裁判所、その隣がコンシェルジュリーです、急いで見学します。






  1. 2014/09/27(土) 17:00:00|
  2. 家族旅行 北フランス
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北フランス旅日記 ㉝ パリ市内 エッフェル塔

2014年 9月 26日 (金) 朝小雨後晴れ 今朝の気温 22 度 最高気温 27 度


【 我が家の屋上から見える富士山と日の出 】
 



今朝は小雨が降って居ました、富士山も日の出も見えません







~~~~~ 夏休み家族旅行 ~~~~~


≪ エッフェル塔 ≫ 


エッフェル塔-077


エッフェル塔-080-3


エッフェル塔真下-090-2


エッフェル塔-091--2


エッフェル塔の夜景-1



エッフェル塔はフランス革命100周年を記念して、1889年にパリで行われた第4回万国博覧会のために建造された、

万博後には来訪者も減ったことや、当初の契約から1909年には解体されようとしていたが、

のちに、軍事用の無線電波をエッフェル塔から送信することになり、そのため国防上重要な建築物ということで、

現在に至るまで残っている、

1991年、この塔を含むパリのセーヌ川周辺は世界遺産として登録された  ( Wikipedia より抜粋 )




バリと言えばエッフェル塔、シンボル的建造物です、エレベーターで展望台まで上がられるのですが

凄い人の列、エレベーターに乗るのに何時間かかるか・・・・・・・・・婆は疲れてきたので並ぶのを断念して

カフェで一休み、と ! 凄い雨が降って来ました、濡れずに済んでよかった !!

今年だけなのか、それとも ?? 毎年なのか  パリのお天気は変わりやすくて一日のうち晴れたり曇ったり雨がざぁ~っと

降ったり止んだり晴れたりの繰り返してす、

エッフェル塔がライトアップされ、夜10時と11時にシャンパンフラッシュ  それを見たいと塔全体が見える所で待ちました

三脚を持って行かなかったので手持ちで撮りましたがブレブレ、シャンパンフラッシュのキラキラはダメでした

暈け写真ですがご容赦下さい、 パリの最後の夜は更けてゆきます。







  1. 2014/09/26(金) 17:00:00|
  2. 家族旅行 北フランス
  3. | コメント:7
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